ガチいじめ
ガチでプロ女子格闘家をいじめようというテレビ番組
こんな仕事はやりたくはなかった。深夜番組。とは言え、こんな番組を観る視聴者がいるのが俺は信じられなかった。
駆け出しの新人芸人の俺を含めた三人が、プロ女子格闘家にガチ勝負を挑むという番組。
そんな番組は何処かの他局でゴールデンタイムで観た事があるが、他局のその類似した番組はそれなりにルールもあって、それなりに芸人と相手の女子格闘家に実力の差があって、それなりに男である芸人たちが殴られ蹴られボコボコにされていくというのがセオリーである。
だが、俺らが今やっている番組は違った。
ウッ! ウッ!
あまり格闘家とは思えないような、柔らかくて細い声。その声が今彼女の腹を殴り続けている俺の耳元に呻き声として聴こえてくる。
ラウンド終了のゴングが鳴る。
仲間がいるリングコーナーに俺は戻っていく。
「なあ。大丈夫なのかなあ。俺たち本気出して」
仲間の芸人の一人がディレクターに聴こえないように囁く。
「あ。咽ている。大変だよな。格闘家も。金がないからこんな無茶な番組に出演してくれているのかな」
「そうかもな」
番組企画。女子格闘家対素人芸人と見せかけて、格闘経験のある芸人が女子格闘家をボコボコにして男の威厳を見せ付けるという企画。要は弱い者いじめ。いじめと言っても相手は女だがプロの格闘家。洒落にならないいじめではなく、洒落になるいじめをという趣旨である。
「おい!」
「あ、噂をすればディレクターだ。はい」
「お前ら、さっきからボディばっか狙っているな」
「……」
こんな仕事、やりたくはないのは三人とも同意見だった。だからせめて、相手の女子格闘家がなるべく外傷を目立たなくダウンして試合を終わらせたいというのが俺たちの考えだった。だから、今までのラウンドは相手選手のボディばかりを狙ってきた。
「なあ。どうして顔を狙わないんだ?」
「いや、それは……」
だが、俺たち芸人だって水物商売をいているんだ。仕事の依頼を受けたならその仕事をディレクターの要求どおりにしなければ、明日の仕事はなくなってしまう。そろそろ顔面の攻撃をして血の一つでも相手に流してもらわなくてはならないかもしれない。あんなに可愛らしい顔の人なのに胸が痛む。
「いいじゃないか。その調子だよ」
「え?」
「ジワジワと相手にダメージを与える。さっきのコーナーに戻る杉山しずかの足取り見たか? ヨレヨレだったぞ。これだよ。視聴者が見たがっている映像は」
「はあ……」
「次のラウンドでダウンで決まるな」
確かに、ずっと殴り続けていた相手のボディは前のラウンドではかなり緩んで柔らかくなり、殴るたびに苦痛の表情と共に呻き声を出していた。おそらく、次のラウンドで腹だけ責めてもダウンは取れるだろう。
「そうだ。次は三人で責めろ」
「え……」
このディレクターの提案には俺たち三人とも声が重なった。そんな中、試合再開のゴングが鳴る。
「よし。行って来い」
「……はい」
俺たちだって必死なんだ。俺たち三人は渋々リングの真ん中に歩いていった。
杉山選手は俺たち三人で来たことに一瞬戸惑い気味で後ろのセコンドをチラチラ振り向く。そんな彼女にセコンドは見てみぬ振り。ディレクターは顎で行け行けと俺たちに合図する。
容赦なく俺たちは彼女の腹にパンチとキックを繰り出してく。
彼女は四方から来る三人の攻撃にガードしきれず何発も腹に食らっていく。
腹に食らうたびに腰を折り曲げて呻き声をあげる。もう腹筋が使い物にならなくなって、柔らかくなった彼女の腹部の感触が殴る度に俺の拳に伝わり気持ち悪かった。
ヴァハ! オエ!!!
一方的な攻撃が続いた後、彼女は腹を抱えるようにその場にうずくまり、彼女がうずくまった周りには彼女が吐き出した嘔吐物で汚れた。辺りに酸っぱい胃液の匂いが充満する。俺は吐き気がした。
「おい。やれやれ。立ち上がらせろ」
セコンドのディレクターから指示がされる。仕方ない。
三人ともそんな顔していた。俺以外の二人がうずくまる彼女を無理やり立たせて羽交い絞めにする。
その彼女に俺は思い切りボディブローを胃袋に繰り出す。
オウ!
腹の奥から出したような声を出したと思うと、彼女はさっき吐ききれなかった嘔吐物が口から滴り落ちる。
もういい。我武者羅だ。俺は彼女の腹を殴りまくった。いつしか呻き声がなくなっていた。俺がゆっくりと目を開いた時、彼女は立ちながら失神していた。
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